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関山真生

プロフィール

関山真生(せきやま まお)
1965年生まれ。株式会社ウェブアイ取締役社長。
19歳で特許取得し、貿易会社設立。その後、ディスプレー、ソフト開発など様々な分野に業務を展開する。2000年12月、インターネットでソフト提供、顧客管理等を行う株式会社ウェブアイを設立する。

携帯にモバイルが搭載された。FFがオンラインゲームになった。住基ネットが施行された。ここ数年で生活の中にITが浸透し始めた。「生活のIT化」は今後その歩調をさらに早めていく。そうした時代の流れに敏感に反応し、いわゆるネットベンチャーがいくつも誕生した。関山真生さんもその中の一人。「株式会社ウェブアイ」を2000年に立ち上げた。「21世紀のキーワードはアイディア」そう時代を予期した上での決断だった。

 貿易会社を設立。まだ19歳だった。以来いくつもの業種に進出していった。チャレンジ。そう関山真生さんは貪欲にチャレンジし続けてきた。そのアイディアとフットワークを武器に。そして現在はネットベンチャー「ウェブアイ」の社長として、日々格闘している。そんなチャレンジし続けてきた経歴をたどりながら、関山さんを突き動かす挑戦者としてのスピリットに迫ってみた。

 きっかけは父親の仕事の手伝いで台湾へ行ったことだったと言う。「1週間の予定やったんですけど、ある女の子を好きになって1年間住んじゃったんですよ」。関山さんはにこにこ照れ笑いしながら話す。衝動的な行為だったのかもしれない。しかし、結果としてそのフットワークの軽さが大きな転機を呼ぶ。同じ安ホテルに住む知人から、クリスマス用の電飾ランプを日本で売ってみたらと誘われた。この一言で動いた。日本に戻り、メーカー数社に営業した。すると、日本にはない製品だと判明。特許申請をして、貿易会社を始めた。

 メーカー間でロイヤリティーをもらう小さな商売だったが、とにかく自分の足で営業して回った。それが実り始める。営業先の社長に認められて、商品のランプで看板作ってくれと言われたのだ。すぐに別の営業先の看板屋に仕事を頼んだ。「物買ってくれと言ってたのが、逆に仕事出し始めるようになった。下請け使うことを覚えたんですよ。そんで現場に人送って現場でも稼いだんです」。柔らかな口調だが、張りのある声で身振り手振り交えながら話す関山さんの姿から、商品を営業すると同時に自分自身を営業してきた年季が感じられる。関山さんは営業で次々と仕事を獲得してきた。そして貿易会社からディスプレー、パソコンのソフト開発と次々と事業内容を展開していった。

 大学には行かなかった。なりたいものも、やりたいこともなかった。そう自称する関山さんだが、その反面「まあ、金儲けがしたいというのはあったわけ。だからもうかるという話に関しては常にアンテナが立つ」と言う。だから業種にこだわらない。もうかると思えば動く。そんな果敢なチャレンジ精神のもとにあるのがアンテナ。関山さんは言う。「僕は『ピンチがチャンス』ていう言葉が好きやねん。すべてのものが自分のもんと思って生活したらピンチだらけや」。笑いながらも目は真剣だった。これが関山さんの理念かもしれない。「食いに行った店が流行ってなかったら、なんで流行らへんのやろ、なんかアイディアないかなと考える」。そういう思考を日常的に身にまとう。それが経営者としての感性を磨き、何でもチャレンジしていく土壌を形成した。

 挑戦し続ける姿勢は自己へも向いている。「社長がいちばん仕事をやっていればついてくる」という信条のもと、最前線に立ってきた。それは自分自身をより高みへといざなう作業だったのかもしれない。「例えばバイトだったら800円で使われてると思ったら負けやね。自分の価値が1時間800円て認めてしまったことやから。でも俺は1時間800円と違う、と。これが成功するかどうかのキーワードの一つやと思うよ」。おそらくは自らの経験論から出た言葉。自身のプライドに正直に生きてきた。この哲学とそれを貫く意志の強さが関山さんの挑戦しつづける原動力なのかもしれない。

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